|
小町を募って都から郡代職としてはるばるやってきたのは、深草の少将でした。小野の里平城長鮮寺に住まいをかまえた少将は、小町との逢瀬を夢見て恋文をおくります。
小町からの返歌をもらった少将は、よろこび勇んで小町に逢いにいきますが、小町は柴折戸を閉じたまま侍女を使い「あなたがお送りくだされた文のように、私を心から慕って下されるなら、西側の堀のむこうの高土手に私が都にたつとき植えていった芍薬があります。
それが残り少なくなって悲しんでいます。どうかあの高土手に毎日一株ずつ芍薬を植えて百株にしていただけませんでしょうか。約束どおり百株になりましたら、貴方の御心にそいましょう。」と伝えただけでした。
深草の少将は、百日とは待ちどおしいことではあるが、小町の望みどおりにしようとそれから毎日、芍薬を一株植えては帰っていきました。
実は、この頃、小町は疱瘡を患っていたのでした。密かに磯前神社の薬師寺如来の社に日参し、傍らにある清水で顔を洗い、一日もはやくなおることを祈っておりました。そして少将が通いおわる百日後には、疱瘡もすっかりなおり、少将の気持ちにこたえられることを思い描いておりました。
いよいよ百日目の夜、この夜は降り続いた秋雨で川の水もだいぶ増しており、通い慣れた橋(柴で編んだもの)をも飲み込む勢いでした。少将は、従者の諫言もききいれず「今日でいよいよ百本」との歓喜の胸中で、小町のもとへむかっていきました。しかし、降りしきる雨の中、願いは届かず、少将は橋ごと流され、もどってきませんでした。
|